終わりは始まり

元図書館員のつぶやき

John Lennonになるはずだった・・・

f:id:koinoura:20170407194425j:plainウィンク(?)

我が家の愛犬(14歳・柴犬)

名前をJohnかLennonにしようと思っていたら、子供が、自分で命名した名前を犬小屋に既にマジックで書いていた。。。 

去年は何回も危ない時期があったけど、薬が効いて復活!今は誰より食欲旺盛。

冬毛から脱皮中。

 

これからのこと

・来週実家に帰り、金曜日は自分の通院があるので家に戻ってくる予定。こんな感じで行ったり来たりになるでしょう。

・ご近所さんと花見の約束をしているので、それまで桜がもってくれるといいなぁ。

・散らかった家の中の片づけと、庭をどうにかしたい。レンガの組み直しからやりたい。冬花壇から春・夏花壇への入れ替えも。いつか本場のEnglish Gardenに行きたい!

・英語も今のさび付いた状況を打破せねば。車の中でRod Stewartを聴いて思う。(清掃作業の時、U2を流されていた前課長に「古い」と言えないかも・・・)

・書類の整理。できるだけ処分したつもりだけどまだ残っている。

・衣類の整理。家族全員分思い切ってやりたい。すっきりしそう!

・実家の整理もやんなきゃかなぁ。

・世界史を振り返る。

・西南大の図書館に行く。

・もろもろ同窓会、女子会。

・フリマ

・状況が許せば行きたいところ:スペイン(特にバルセロナ)、ポルトガルスウェーデンノルウェーフィンランドイングランドスコットランド、ニューヨーク、再度のドイツ、クロアチア

湯布院、黒川温泉、津和野、金沢、京都、軍艦島  いろいろあるなぁ。。。

 

最近のこと

島根にいる上の子から退職記念にと鉢植えの花とミニ観葉植物が届く。こんな気遣いができるようになって成長が嬉しい。鉢植えのブルーデージーが母へ、観葉植物が父あてとのこと。ぱっと見、落差が大きいので笑ってしまう。

G.W.に急に海外に行くことになった下の子、パスポートの期限がなんと来週まで。12連勤で休めないとのことで、私がアクロスへ代理申請に行く羽目に。早期退職の恩恵を一番早く実感しているに違いない。

それにしても平日天神界隈をうろつくことに慣れていない。学校さぼって先生に見つからないかドキドキしている中学生のような感じで、早々に退散。

10日、両親が熊本の病院へ行くので付き添うことにした。兄は入学式で休めないので、私が行ける体制をとっておいて良かった。仕事を辞めるのは難しい決断だったけど、今はこれまでの恩返しが最優先。できる時にやっておかないとそれこそ後悔するから。

新しい日々

4月に入って、いきなりテレビが故障。地上波放送が映らない。でもHDMIに切り替えると映るのでアンテナの問題ではないらしい。配線を探ってみるけど直らないので、電気屋さんに来てもらって無事復活!

それにしてもテレビの代金半額出したのにほとんどテレビ見れてない。Blue-Rayに至ってはKobukuro Live見るために全額出したのに、娘と夫に独占されている。忙しかったので仕方なかったけど、時間はできたのでこれまでの分まとめて見よう。

佐野さんのは別の理由で20年くらい観れてない。観たらHEARTLAND解散が現実のものと思い知らされてしまいそうだから・・・

 

今度はネットが不調。無線LANカードが怪しそうなのでNTTに電話。代替をその日のうちに持ってきてくれて、交換してみたけど直らない。再度電話し、配線周りを見てもらうがそこは異常なし、PC本体に問題ありとのことで富士通への連絡を薦められる。富士通に連絡する前にマニュアルを引っ張り出す。「ECO」スイッチが入っていたら、OFFにすることとあり、OFFにしたらその後復調。そんなことでしたか・・・NTTのお兄さん、来てもらってごめんなさい。

 

 

29年3月最終週

27日:職場で送別会を開いていただいた。退職のことは限られた人にしか伝えていなかったのに、なぜか館内に情報ダダ漏れだったのは、次期の幹事長の打診があった際に口止めするのを忘れていたためと判明。学内人事が発表されておらず、三人のみの送別会になってしまった。

送別会の時の写真をアルバムに入れていたら、HさんとYさんの2ショットを見て娘が「意外と若い人おるやん!(Yさんに対してではないと推察。Yさんすみません)」との感想。その後じっと見て「そうでもないか」と一言毒を吐く。(20代前半には30代半ばはそう映りますか、、比較対象がジャニーズとO島僚太だから、、、Hさんごめん)

28日:室で昼食会(送別会ではない!)なだ万お弁当美味しくいただきました。

引継ぎでUさん来館。直属の上司だったのでちゃんと挨拶しておかねば、とだいぶ前に退職の挨拶をしておいたのに、まさか再会するとは(笑)

29日:前部長のところへ。OB会の話が出たけどさすがに出る資格はないので、そのうち文系関係者で集まることに。

Q工からHさん、大橋からMさんが来てくれた。中図でダダ漏れだったのでみんな知っているかと思いきや、大橋には伝わっておらずびっくりさせてしまった。

30日:伊都、医、芸工。文学部からお世話になったTさんとは女子会を約束。Yさん、珍しいものを見せてくれて最後までありがとう。中図に引継ぎに来られてた教育学部時代からの「先生」Iさんに挨拶。芸工では館内写真を撮りまくり。西方沖地震の時は雑誌が棚から落ちていて、警固断層の真上ということを実感したんだった。

31日:いよいよラストの日を迎える。離任式。在職年には育休期間はカウントされないということで半年マイナスとのこと。直前まで涙出そうだったけど、おかげで笑いに替えられて良かった。

その後文系へ。最初の配属先だったので感慨深い。Yさんとは久留米で女子会約束。Tさんがいてくれなかったら芸工とのシステム統合できてなかった。思わず涙が・・・

Tさん、Uさん、学外から来てもらってありがとう。

戻って館内挨拶。近くの方や他の方々にもどこかでまた会えるので寂しくないと心に言い聞かせ、泣かない!

でも室での送別、Aさんも涙で顔ぐちゃぐちゃ。みなさんお世話になりました。たくさんのかたに記念の品やお言葉をいただきました。ありがとうございました。また、沢山問題を残してしまいYさんごめんなさい。

帰宅したら長崎のNさんから花束届いていて、思わず涙。数日遅れてカードが届き、またもや号泣。

 

 

 

 

ちょっと振り返り(2)

15年から当時の芸工大へ。初めて「係長」と呼ばれて落ち着かず、現在NIIのKさんから「係長」と言われた時に、思わず「私はあなたの係長ではない!」と言ってしまった。

18年文系復帰。といっても合同図書室になっていた。4学部を無理やり一つにしました的な感じで、もめ事多し。

20~21年一番向いていない電子担当部署へ。専門用語、言葉が全くわからない(バルバロイか!)ので頭が痛かった。年度末、他部署より回ってきた予算での契約に大忙し。

22~23年再び芸工へ。楽しかったけど、係を一つ消されてしまった・・・

24~28年資料整備室。貴重資料が多数やってきた。

除籍、立替、国文研、LSS、つばさ、EEP、外雑契約、製本etc.

全体としては何より移転、、、諸々ある中で退職することになり、大変申し訳ないとしかいいようがない。

 

 

 

 

ちょっと振り返り(1)

平成元年に行政職で就職。面接で「図書でもいい?」と聞かれて、「本好きだし、いいです」と答えたのがこの道への入り口だったことになる。

配属先は教育学部。小さな図書室で、先生や学生と直接対応する事は面白かったけど、なかなか個性的な上司と先輩方に悩まされたのが懐かしい。子ども二人ともここで生まれたけど、幸いそう忙しくなかったのでありがたかった。そういえば盲腸・腹膜炎・腸閉塞もここだった。(当時のみなさまご迷惑おかけしました。すみません。)

次は経済。書庫にスペースがなく、書架の間の簀子に本が山積み状態だった。Hさんが一念発起して、図書移動計画を立ててくれた。みんなで作業したのも良い思い出となった。ただ、Hさんが早期退職された時はかなりのショックだった。

それから文学部。書架の高さにびっくり、また、書庫の中は迷路状態。

文系でのんびり過ごしていたところ、年度途中で突然中央館へ。

雑誌、、、前任者と前前任者が倒れたところへなぜ子持ちの主婦を?と当時の上司(4月からお戻り!)にぶちぶち愚痴る。当時はEJもやっていたので、なかなか大変だった。別府杉乃井パレスで売っていた「毎日が地獄です」Tシャツを思わず購入。現在NIIのHさんにもプレゼントしたっけ。

 

感謝

ブログ初心者なので、参考にさせてもらおうと、ブログを書いていそうな知人を検索してみた。

あった!!

読み進めると、

「自分は辞めるけど、ここに残ることを選んでくれたのがとても嬉しい」ということばをいただいた・・・    

どこかで聞いた会話だ。。。

そんなに深く考えもせず思ったままを伝えた言葉を「勲章」と感じてくれて、こちらこそありがとう。思いがけず涙。 これからも遠くから応援しています。

 

あっ「大」はいりません!

 

 

(追記)残ってくれたのはほんとに嬉しいです。ただ、これから先もっと広いところに飛び込みたいとか思われた時は是非羽ばたいてください。もろもろの困難に対しての前向きな対応と利用者(職員含む)の声を汲み取ろうとしてくれる姿勢にはこちらが勉強させられました。ありがとう。

(さらに追記)H(信州)さんとの掛け合い漫才も楽しませてもらいました!  

 

 

終わりは始まり

昨年度末(29年3月31日)をもって退職。定年まではもう少しあったし、いろいろ悩んだけど、そろそろ介護が必要な人たち(犬も)が複数。上司からは介護休業の話もいただいたけど、ポジション的に難しいところなので、決断しました。通勤もいずれ大変になるし、実家と行ったり来たりでは仕事との両立は体力のない私には無理かな・・・

とりあえず手のしびれと胃腸が3月までもってくれて、作業シフトに穴開けずに済んで良かった。

先週までの慌ただしさがウソのように、時間はあるので、これまでできなかったことをやっていこう。

まずはブログから。(昔HPは途中までで断念してしまったっけ・・・)