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終わりは始まり

元図書館員のつぶやき

ちょっと振り返り(2)

15年から当時の芸工大へ。初めて「係長」と呼ばれて落ち着かず、現在NIIのKさんから「係長」と言われた時に、思わず「私はあなたの係長ではない!」と言ってしまった。

18年文系復帰。といっても合同図書室になっていた。4学部を無理やり一つにしました的な感じで、もめ事多し。

20~21年一番向いていない電子担当部署へ。専門用語、言葉が全くわからない(バルバロイか!)ので頭が痛かった。年度末、他部署より回ってきた予算での契約に大忙し。

22~23年再び芸工へ。楽しかったけど、係を一つ消されてしまった・・・

24~28年資料整備室。貴重資料が多数やってきた。

除籍、立替、国文研、LSS、つばさ、EEP、外雑契約、製本etc.

全体としては何より移転、、、諸々ある中で退職することになり、大変申し訳ないとしかいいようがない。

 

 

 

 

ちょっと振り返り(1)

平成元年に行政職で就職。面接で「図書でもいい?」と聞かれて、「本好きだし、いいです」と答えたのがこの道への入り口だったことになる。

配属先は教育学部。小さな図書室で、先生や学生と直接対応する事は面白かったけど、なかなか個性的な上司と先輩方に悩まされたのが懐かしい。子ども二人ともここで生まれたけど、幸いそう忙しくなかったのでありがたかった。そういえば盲腸・腹膜炎・腸閉塞もここだった。(当時のみなさまご迷惑おかけしました。すみません。)

次は経済。書庫にスペースがなく、書架の間の簀子に本が山積み状態だった。Hさんが一念発起して、図書移動計画を立ててくれた。みんなで作業したのも良い思い出となった。ただ、Hさんが早期退職された時はかなりのショックだった。

それから文学部。書架の高さにびっくり、また、書庫の中は迷路状態。

文系でのんびり過ごしていたところ、年度途中で突然中央館へ。

雑誌、、、前任者と前前任者が倒れたところへなぜ子持ちの主婦を?と当時の上司(4月からお戻り!)にぶちぶち愚痴る。当時はEJもやっていたので、なかなか大変だった。別府杉乃井パレスで売っていた「毎日が地獄です」Tシャツを思わず購入。現在NIIのHさんにもプレゼントしたっけ。

 

感謝

ブログ初心者なので、参考にさせてもらおうと、ブログを書いていそうな知人を検索してみた。

あった!!

読み進めると、

「自分は辞めるけど、ここに残ることを選んでくれたのがとても嬉しい」ということばをいただいた・・・    

どこかで聞いた会話だ。。。

そんなに深く考えもせず思ったままを伝えた言葉を「勲章」と感じてくれて、こちらこそありがとう。思いがけず涙。 これからも遠くから応援しています。

 

あっ「大」はいりません!

 

 

(追記)残ってくれたのはほんとに嬉しいです。ただ、これから先もっと広いところに飛び込みたいとか思われた時は是非羽ばたいてください。もろもろの困難に対しての前向きな対応と利用者(職員含む)の声を汲み取ろうとしてくれる姿勢にはこちらが勉強させられました。ありがとう。

(さらに追記)H(信州)さんとの掛け合い漫才も楽しませてもらいました!  

 

 

終わりは始まり

昨年度末(29年3月31日)をもって退職。定年まではもう少しあったし、いろいろ悩んだけど、そろそろ介護が必要な人たち(犬も)が複数。上司からは介護休業の話もいただいたけど、ポジション的に難しいところなので、決断しました。通勤もいずれ大変になるし、実家と行ったり来たりでは仕事との両立は体力のない私には無理かな・・・

とりあえず手のしびれと胃腸が3月までもってくれて、作業シフトに穴開けずに済んで良かった。

先週までの慌ただしさがウソのように、時間はあるので、これまでできなかったことをやっていこう。

まずはブログから。(昔HPは途中までで断念してしまったっけ・・・)